シンプル・カンタン・わかりやすい、インターネットの歴史解説

テクノロジー

インターネットの歴史を、わかりやすく紹介します。

インターネットの歴史は50年?

インターネットはどれぐらいの歴史があるかと聞かれたら、「50年ぐらい」という答えが多数派でしょう。

しかし、その歴史を研究対象としたり学問にしているケースは少なく、いわゆる歴史学のなかで語られる重要な出来事やトピックはヒトによってばらばらでコンセンサスのとれている意見というのはまだないようです。

それでも、歴史を伝えようとするWebサイト、コンテンツはたくさんあります。

インターネット歴史年表 

インターネット歴史年表 - JPNIC

JPNICが作っているコンテンツで、オフィシャル感が漂います。網羅性は一番かもしれません。

JPNICが何をした、ということで分類されているのはそういう目的で作られたのでしょうからしかたがないとしても、細かすぎて大まかにネットの歴史・経緯を知りたいという用途には向きません。それぞれの出来事の重要度は読み取る側で判断せよ、という意図が透けて見えます。

Yahoo! JAPANのインターネットの歴史

インターネットの歴史 History of the Internet - Yahoo! JAPAN
インターネットの歴史が巨大イラストに - Yahoo! JAPAN #ヤフー20周年

ものすごい気合いの入った作画で手作りされています。当事者やその直接の知り合いも社内にいるでしょうから、似顔絵などは超ウケたのではないでしょうか。各社サービス名のレベルも細かく出ていたりして、懐かしさをくすぐる部分もたくさんあります。

しかし、当時を知らない若者にとってみやすいかどうかに疑問符がつくのと、Yahoo! JAPANが20周年であったことから、その前の出来事は含まれていません。インターネットで語るべき出来事は、Yahoo! JAPANがあった20年に集中している、と言われたら確かにそのとおりではあります。

Googleの「ウェブの進化」

The evolution of the web
ブラウザとウェブの進化をインタラクティブに表現したインフォグラフィックです。ここでは、Mosaic、Netscape、Opera、Internet Explorer、Safari、Firefox、Chrome など、1993 年以降の主なウェブ ブラウザと、HTML、CSS、JavaScript といったウェブ技術の重...

Google社も作っていました。

プログラマー(ハッカーと呼ぶべきかもしれませんが)の会社として生まれ育ったことを象徴するように、ウェブ技術のみをそれぞれのバージョンの発生まで細かく網羅しています。

このコンテンツもその目的から、WWW、ウェブの出現以降のみを対象としており、ウェブはインターネットの大部分だけど全部じゃないよ、ということを伝えるには向いていません。

これらのコンテンツを眺めていると、歴史学風に独自の切り口で重要な出来事をピックアップしたり、それについて語ったりすることは、まだまだいろいろな形で行う余地がありそうです。つまり、未来を創る人たちに過去の成功と失敗、教訓を伝えることは生産的なことと言えそうです。

インターネットの発生

1969年:「ARPANET」稼働

インターネットのベース技術が、もともと軍事技術として開発されたものの転用であることはよく知られています。つまり、どこかが壊れても平気なネットワークを目指して作られた、という経緯です。

「回線交換方式」と「パケット交換方式」

固定電話や普通の携帯電話は、「回線交換(circuit-switched)」という仕組みで動いています。「回線交換方式」は、相手と自分が1本の線でつながります。この場合、相手と自分の間のどこかが壊れると電話が切れて通信ができなくなります。

これに対して、「ARPANET」は「パケット交換(packet-switched)」という仕組みを採用しました。「パケット交換方式」では、相手と自分が1本の線でずっとつながり続ける必要がなく、どこかが壊れたらそこを迂回して相手先まで届けることで、通信し続けることができます。

「ARPANET」は一部の大学や研究機関のみを結んでスタートしました。この流れは日本にも来て、日本国内でも初期のインターネットは一部の大学や研究機関のみがつながっていました。

1969年:「UNIX」開発

また、「ARPANET」の登場と同じ年に「UNIX」が開発されています。

「UNIX」はそのあと、インターネットの通信を支える基盤となって、現在に至るまでその流れが続いています。ここで生まれた技術や操作方法は40年以上を過ぎていまだに現役で、その知識は本当にそのまま使えます。

1973年:「TCP/IP」が提案される

コンピューターは垂直統合されているのが普通でした。つまり、同じ機種は接続できるが、違う機種同士では通信できなかったのです。どんなコンピューターとも通信できるようにしよう、といういまでは当たり前のことを「TCP/IP」という技術をベースとして実現していきました。

 この「TCP/IP」という技術も、いまだにバリバリの現役です。何度もバージョンアップ、改訂がなされていますが、名前も仕組みもほぼそのままです。たとえば、Windows10では、ワイヤレスネットワーク接続のプロパティを開くと、「TCP/IP v4」などの記述があり、その片りんが見えます。

テキストからWebへ

当時のコンピューターやネットワークの性能から、テキストデータを送って通信をすることが中心でした。

1980年:「Usenet」開発

「Usenet」はいまでいえば、話題別に別れた掲示板の集合体に見えるでしょう。テキスト以外の画像などのデータも送ることができるようにはなりましたが、テキストデータ=文字に変換して送る仕組みでした。

「UUCP:Unix to Unix Copy Protocol」という方法によって接続しました。

これは、バケツリレーのようにデータをコピーしながら全世界にメッセージが行き渡る仕組みです。

日本では、同じ「UUCP」で「JUNET」という組織、ネットーワークが動き、のちに「Usernet」とつながります。「fj.」で始まるグループがたくさん作られ、当時接続された大学や研究機関のみではあったものの、世界中のヒトとテキストの掲示板でコミュニケーションすることが可能でした。

「Usernet」や「fj」は、のちにくる「WWW」Webの勃興とともに衰退していきましたが、いまでも稼働しています。有料、無料、ボランティアなどいろいろなサーバがあるようですが、一番安定して手軽に見ることができそうなのはGoogleでしょう。Googleグループの中に取り込まれており閲覧・投稿ができます。

Google グループ
Google グループでは、オンライン フォーラムやメール ベースのグループを作成したり、こうしたフォーラムやグループに参加したりすることで、大勢のユーザーと情報の共有やディスカッションを行うことができます。

1982年:「SMTP」が標準化

「SMTP:Simple Mail Transfer Protocol」とは、その名の通り、電子メールをやりとりするための約束事・ルールです。

今見ると、感動するほどシンプルなプロトコル(約束事)ですが、この技術もいまだに現役で動いています。たとえば、Outlookなど、電子メールの初期設定をするときに「SMTP」というのを見たことがある方も多いでしょう。

テキストからWebへ

これら2つの通信が広がって、インターネットにつながることは、メールやニュースを見て・書く、ということを意味する時代が、1990年代に入るまで続きました。このあと、「WWW」Webが出現します。

(※インターネットは「TCP/IP」でつながること、と言ったほうが本来の意味に近いです。FTP、archie,Gopher、他いろいろなデータが「TCP/IP」の上でやりとりされましたが、ここでは思い切って省略します。)

WWW、ウェブの発展

「WWW」とは、World Wide Web/ワールド・ワイド・ウェブの略称です。

現在、インターネットと言えばブラウザでみれる何かを指すことも多くなりましたが、この中心に位置づけられます。

メールが「SMTP」という約束事(プロトコル)で動いていたのと同じように、WWW・ウェブは「HTTP」というプロトコルで動きます。「HTTP」は「SMTP」よりもさらにシンプルでした。たとえば、

GET /index.html HTTP/1.1

つまり、「トップページ(/index.html)を、ください(GET)」と送るとその内容(HTML)が送られてくる【だけ】です。

このようなシンプルさ、手軽さ、ベンリさのテイストのようなものが、ソフトウェアの世界で普及し広がっていくカギになっています。

1991年:世界初のWebサイトができる

こちらが、世界初のWebサイトだそうです(保存されています。)

The World Wide Web project

ブラウザの機能で、HTMLソースの表示をさせて、HTMLソースを見ていきます。

2018年現在、「HTML5」などで正しいとされているHTMLとはかなり様子が違います。でも初期の頃はこれがスタンダードでした。このような過去のHTMLでもまぁまぁうまく表示できる、ということを一般に「アッパーコンパチブル」「アッパーコンパチ」などと言います。

DOCTYPEの宣言がありません。これは当時は事実上HTMLしかなかったので分ける必要がなかったためです。

JavaScriptやCSSもありませんでしたので、<script>タグや<meta>タグなどもありません。<dd>タグは多用されていましたが、HTML5時代には使われなくなりました。

また、ページの内容もいまは消えていった懐かしの単語がいくつかあります。たとえば、「X11」は前回紹介した「UNIX」システムの上で動いていた現在のWindowsのようなウィンドウを表示するシステムでした。「NeXTStep」はスティーブ・ジョブズがApple社をクビになってから起こした事業で販売したパソコンでした。

一番最後に、「anonymous FTP」という記述がありますが、これも一時期たくさんあったものの、セキュリティ面などいろいろな理由ですっかりなくなってしまいました。「anonymous FTP」はいまのダウンロードサイトのようなもので、誰でも匿名(anonymous)でFTPアクセスし、ソフトウェアをダウンロードできました。

1993年:「Mozaic」公開

「Mozaic」は、一番最初に開発されたブラウザです。

前述の「UNIX」システムでは、「xmozaic」などが開発され、その動きは世界にインパクトを与えました。

つまり、いままではメールやニュースでテキストベースだったものが、画像とテキストが同じ画面に表示され、リンクをクリックすると別のページにすぐに移動できる、というこれまたシンプルな機能が提供されました。

これに加えて、上述のようなシンプルなHTMLを書けば誰でも発信できる、ということが、その後のインターネットの勃興を作ったといっても言い過ぎではないでしょう。

1993年:「HTML1.0」公開

上述の世界初のWebサイトから「Mozaic」などが出て実際にHTMLが使われていました。HTMLの世界でもこれを標準化しようという流れが起きて、「HTML1.0」が公開されました。実物がこちらです。

You can even represent tags in RCDATA

世界初のWebサイトから比べるとさらに現在のHTMLに近づいています。いまこれを細かく読んでもあまり役に立ちませんが、現在のHTML5がなぜこうなったのかを不思議に思う部分があれば、ここからたどると答えがありそうです。

また、HTMLが標準化されたことで、ブラウザはこれに従うべきというルールができ、Webサイト・コンテンツの造り手側・発信側がHTMLページを作りやすくなりました。だれもがWebサイトで発信できる環境が整い始めました。

1993年:日本初の商用インターネット接続サービス

これ以前のインターネットは、大学や研究機関のみが接続し、回線の費用はそれぞれの組織が負担するというボランティアベースの運営でした。これでは全国のヒトのつながりたいニーズを満たせません。

そこで、費用をもらって営利ベースで運営するかわりに、誰でもがインターネットに接続できる環境を作ろうとしました。

これが、商用インターネット接続サービスの始まりです。「IIJ」(株式会社インターネットイニシアティブ)が登場し、インターネット商用サービスの草分け的存在となりました。

2018年現在まで続いているサービスと起業

インターネットにつながるヒトが爆発的に増えていくとともに、その上でやりとりされるコンテンツ、サービスがどんどん充実していきました。そして、その上でビジネスが成り立つようになり、どんどん大きくなっていきました。

今回は現在まで続くサービスを中心に取り上げます。

1994年:「Yahoo!」(米ヤフー)誕生

スタンフォード大学の一室で、ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロがベンリでステキなWebサイトを集めたページを立ち上げました。

これが「Yahoo!」です。

たくさんのリンクを整理して集めたいわゆる「リンク集」だったのですが、評判を呼びアクセスが集まって、のちに事業化されました。

「Yahoo!」の出現で「ポータルサイト」という概念、ビジネスモデルが広がりました。インターネットにアクセスするときに、まずここを開く入り口・玄関口をおさえることで、アクセスが集まりおカネを稼ぐ源となることがわかったのです。

集まったアクセスと資金で、ユーザーが喜ぶあらゆるサービスを自社に用意するようになりました。たとえば、メール、ゲーム、掲示板、メッセンジャーソフトなどです。

1994年:「amazon.com」創業

ジェフ・ベゾスが何をするかはっきり決めずにシリコンバレーにやってきて「amazon.com」を起業したのは有名な話しです。

Amazonが切り開いたものはたくさんありますが、初期の段階で指摘しなければならないのは、ネットで買い物をすることを普及させたことでしょう。

その過程で、「ロングテール」と呼ばれることになるビジネスモデルが成り立つことを世に示しました。最初に「本」という商材を選んでリアル書店を構造的不況に追い込むまでになりました。

また、「レコメンド」つまり「これを買ったヒトはこれも買っています」というロジックで自動的にオススメすることで爆発的に売り上げを伸ばせることを示しました。

日本版「amazon.co.jp」は2000年に立ち上がっています。

1995年:「Windows95」発売

「Windows95」の一番のインパクトは、最初から「TCP/IP」が入っていたことです。

つまり、新たに何も入れなくても最初からインターネットにつながるパソコンでした。

それまでパソコンでインターネットに接続するには別途ソフトウェアをインストールする必要があったのです。それはとても不安定でした。

 また、当時はダイヤルアップ方式で接続するユーザーが多くいましたが、この機能も「Windows95」に含まれていました。

通信速度は64kbps程度でしたので、現在で言うとパケットを使いすぎて通信制限がかかった状態(128kbps)のさらに半分の速度ということになります。

1995年:AutctionWeb(eBayの前身)設立

「AutctionWeb」のちの「eBay」が開始されました。日本では知名度がいまいちかもしれませんが、アメリカではネットオークションサービスの覇者です。

オークションという形態は、それまで限られた商品が限られた人たちの間でしか使われていませんでした。これをネットの技術で、だれでもオークション形式でモノを売り買いできるサービスを創り出したのです。

その波は日本にもやってきて、1999年に「Yahoo!オークション」として公開され、その後巨大なマーケットを築きました。

1996年:「Yahoo! JAPAN」サービス開始

孫正義氏が、「Yahoo!」の創業者「ジェリー・ヤン」と交渉して「Yahoo!」のブランド・看板を勝ち取ったのは有名な話しです。

のちに、その交渉力をそのままに、スティーブ・ジョブズから「iPhone」の独占販売権を獲得します。

元祖「Yahoo!」と同じように、日本人向けのコンテンツを集めて「Yahoo! JAPAN」が開始されたのが1996年です。増収増益を続けることでも有名になり、2018年には9000億円のビジネスに成長しています。

アメリカで流行ったサービスやビジネスモデルをそのまま日本にいち早く持ち込んで、日本で先行者となりスピードで圧倒してマーケットシェアを獲得する「タイムマシン経営」という手法が、「Yahoo! JAPAN」を通してどんどん実現され、急成長をとげました。また、日本版ドットコムバブルと上場時期が重なって話題にもなりました。

1997年:「Google」検索、サービス開始

「Yahoo!」がディレクトリ型検索サービスと呼ばれ人間の手で編集が加えられていたのに対して、「ロボット型」と呼ばれる検索サービスが続々と登場し始めました。

当時ロボット型としてトップを走っていたのは「AltaVista」というサービスで、「Google」は先行者ではありませんでした。

シンプルさ、スピードの飽くなき探究に加えて、「Pagerank」という概念を生み出し検索結果ページの品質をあげたことでトップシェアを取りました。そして、Overture社が出した「リスティング広告」という概念を取り入れて、巨大な売上と利益を得つつ、世界中で寡占状態を創るまでに広がっていきました。

「Google」で日本語検索が始まったのは2000年からでした。

1997年:「楽天市場」開始

日本で、ネットで買い物することを普及させたのは、Amazonではなく「楽天市場」でした。

ECサイトを創るには決済手法や技術面でハードルが高かった時代に、カンタンに出店できることを目指して「ECモール」というサービス領域を確立しました。

「楽天市場」はAmazonの日本上陸後も健闘しており、2018年現在そのマーケットシェアはほぼ同一です。(JETRO報告書によれば20%程度)

国内ECシェアのトップはAmazonで楽天は2位、大手モール3社で約5割【JETRO報告書】 | ネットショップ担当者フォーラム
日本貿易振興機構が発表した報告書によると、EC市場におけるアマゾンと楽天のシェアはそれぞれ約20%、ヤフーは約9%

検索サービスも、Yahoo! JAPANとGoogleで同じぐらいのシェア率で争っています。アメリカ始め他国ではグローバリズムの特徴に合わせるかのように2位以下は存在しないも同然の扱いなのですが、日本国内では1位と2位の差がそれほど圧倒的に開いていないケースが多く、これが国内マーケットの特徴なのかもしれません。

1998年:「Paypal」創業

話しの流れ上、日本とアメリカを行ったり来たりしていますが、1998年に「Paypal」が登場してアメリカでは個人向けの決済に革命が起こりました。

メールアドレスとクレジットカードを登録すると、いろいろなサイトでものすごくあっさりと決済できるようになりました。

残念ながら日本ではいまいち普及せず、カンタンに使えるにもかかわらずあまり広がっていません。

Paypal社は決済分野だけでなく「Palpalマフィア」と呼ばれた創業者たちが起こしていった事業のほうが、社会的影響としては大きいかもしれません。その代表選手が「イーロン・マスク」です。

忘れ去られた、あるいは、忘れられそうなサービスたち・・・

インターネットが普及しはじめた時代から現在まで残っている勝者はごくわずかで、大半の企業・サービスは消えていくことは、どの業界でも同じです。

その中でも、一世を風靡し爆発的に広がったがその後衰退していったサービスを紹介し、未来への教訓とします。

1996年:ICQ 開始

「ICQ」でメッセージがきたときの「カッコー!」という音を覚えている方も多いでしょう。

当時、リアルタイムにメッセージが飛んできていつでもチャットが始まる体験は鮮烈でした。

IM(インスタントメッセンジャー)というカテゴリを創り出した存在ですが、その後、スカイプやYahoo!メッセンジャーなど追随するサービスに追われてシェアを縮めていきました。

当時、ユーザーが1000万人を超えると売上がゼロでも買収されるというまことしやかな噂のような法則があったのですが、「ICQ」もこれに当たるサービスと言えます。1998年にAOLに買収されました。

意外なことに(?)「ICQ」サービスはいまでも続いています。失礼な言い方になるのですが、使っているヒトを見なくなってもはや15年は過ぎていると思うので、びっくりです。

https://icq.com/

1996年:HotMail 開始

「HotMail」は「Webメール」「フリーメール」というカテゴリを切り拓いたといえます。サービス開始後爆発的に広がり2年目には登録ユーザー数1000万人を超えて、前述の法則通り1997年末にマイクロソフト社に買収されました。

「HotMail」も「ICQ」と同じように後発のサービス(Yahoo!Mail、Gmail他)におされてだんだんとシェアを失っていきます。「MSN」と統合されたり「Windows Live」の中に位置づけられたりしながら、2013年に始まった「Outlook.com」に統合されて現在に至ります。

「ポータルサイト」が続々登場

「Yahoo!」「Yahoo! JAPAN」の成功を見て参入する起業が相次ぎ、「ポータルサイト」という領域を確立しました。

  • 1997年:Infoseek JAPAN 開始
  • 1997年:Excite JAPAN 開始
  • 1998年:Lycos JAPAN 開始

おそらく他にも、雨後の竹の子のようにたくさん出ましたが、「Yahoo! JAPAN」のシェアを奪って圧倒的強者から引きずり下ろすことはありませんでした。

しかし、上述の3社とも2018年現在までブランドが生き残っています。(Lycosは米国のみ)「ポータルサイト」は、意外となくならないサービスモデルなのかもしれません。

ニフティ社https://www.nifty.com/のようにインターネットサービスプロバイダーが運営しているケースも多く、ユーザーニーズがあり必要だから作られている感じもします。

1998年:AltaVista 日本語対応

「AltaVista」は、「DEC」というパソコンが普及する前の「メインフレーム」と呼ばれるコンピューターを作っていた企業が、1995年に開始した検索サービスです。

人間が手編集して抽出した部分が検索対象となる「Yahoo!」とは異なり、コンテンツのすべてを検索対象とする「全文検索」サービスでした。

1998年には単語の区切りがない日本語にも対応してくれたため、当時私もよく利用していました。他の検索サービスでは見つからない専門的な情報を見つけることができました。

DEC社は、1970年代からPDPやVAXと呼ばれるコンピューターを売って成長しましたが、パソコン市場の急成長に対応できず、同年1998年にコンパック社に吸収合併されます。この頃に「Google」が出現して世界を席巻し始めると「AltaVista」の利用者は減っていき存在感がなくなっていきました。

「AltaVista」事業は、紆余曲折を経て「Yahoo!」の傘下に入りましたが、「Yahoo!」全体が再編を繰り返す中で2013年にサービスを終了しました。

1999年:Napster 開始

いまの仮想通貨の報道とその扱われ方をみていると、当時の「Napster」を連想します。

当時、「P2P」という犯罪の代名詞のように報道された技術が世の中に広まりました。仮想通貨を支えるブロックチェーン技術も、「P2P」と呼ばれることがあります。

「Napster」は、「P2P」技術でファイルを共有するツールだったのですが、音楽のデータ(MP3)を送受信するためのサービスだったため、既存の音楽業界から圧力を受け訴訟を起こされます。

すると余計に有名になり利用者が増えます。いわゆる「炎上マーケティング」でどんどん広がっていった事例です。

その後、「P2P」を使うサービスも使わないサービスも、音楽のデータ配信サービスがたくさん登場し、「Napster」はおされていきます。

2011年に「Napster」の名称は消えています。(【復活】2016年になって「Napster」ブランドでの配信サービスが出ました。https://us.napster.com/

「The Italian Job(邦題:ミニミニ大作戦)」という映画に出てくる凄腕ハッカーが、「Napster」は自分が作ったが盗まれたと何度も繰り返していました。そういう人たちが自慢したくなるような、ハッカーが世の中に勝ったような痛快な事例だったのでしょう。

The Italian Job (2003) - Trailer
The plan was flawless. The execution was perfect. Charlie Croker pulled off the crime of a lifetime. The one thing that he didn't plan on was being double-cr...

1999年:2ちゃんねる開始

当時「あめぞう」という掲示板サービスがありました。

これをそっくり真似た形で「2ちゃんねる」が開設されました。

掲示板は「BBS」とも呼ばれユーザーの声を書き込む機能としてごく普通のWebサイトにも置かれることが多い時代でした。(現在は、お問い合わせフォームか、SNSサービスを通じて書き込む形が一般的です。)

「2ちゃんねる」はこの掲示板だけを、テーマ別にたくさん設置して自由に書き込んでもらう、というサービスでした。

現在のSNSとはかなり様相が違い、匿名が普通で、意味のない書き込みやクレーム、誹謗中傷、際どい内部情報なども全部あわせ飲むことで、多くのユーザーを集めて巨大になり有名になりました。

また、「まとめサイト」と呼ばれる2ちゃんねるの特定の掲示板をピックアップして保存するサイトが無数に生まれて、ユーザーを集めました。

2014年にサイトの管理権争いで2つに分かれた頃には、だんだんとその存在感は弱まっていきました。「2ちゃんねる」やそのまとめサイトがGoogle検索結果の上位からだんだんと消えていき、その内容が話題になることが少なくなりました。

現在は「5ちゃんねる」と名前を変えてサービスが存続しています。

新たなサービスが続々

ミレニアム2000年の前後に、アメリカ、日本で相次いで「ドットコムバブル」が崩壊しました。しかし、インターネットの広がりそのものが弱まることはまったくなく、2000年代に入ってからも新しいサービスがどんどん生まれました。

2003年:Skype開始

現在、「LINE」や「Facebook Messenger」などごく普通に無料電話ができるアプリがありますが、インターネットを使って「無料で世界中の人と電話できる」ことを実現したのは「Skype」でした。

「P2P」という技術を賢く活用して、「Skype」を利用しているユーザーのアプリが自動的に他のユーザーの接続を仲介することで、ユーザーがどんどん増えても対応できる仕組みを開発しました。また、エストニアで開発され本社がルクセンブルクにある、つまりアメリカ発でないサービスが全世界を席巻するめずらしい事例でした。

2011年にMicrosoft社に買収されWindowsに組み込まれて現在に至っています。

2003年:MySpace開始

「MySpace」は音楽のSNSとしてアメリカで大ブレイクしたサービスです。誰でも自作の音楽をMP3ファイルとしてアップロードできました。いまのSNSと同じように友だち(MySpace内では「フレンド」)としてつながって音楽を共有できたので、話題の曲が拡散するというSNS特有の現象が出るようになりました。

一時はマドンナなどメジャーのアーティストもアップするなどで話題になりましたが、後発の「Facebook」他SNSにおされて勢いを失っていきました。しかし、「MySpace」は現在も続いています。

2004年:Flickr開始

「Flickr」は、デジカメの写真を共有したり整理したりするサービスとして大ブレイクしました。いまでは普通になっている「タグ」を普及させたもの「Flickr」です。写真にタグつけて整理したり、いまでいうハッシュタグのような形で写真を発見することができるようになり、2005年には「Yahoo!」(米)に買収されました。

「Flickr」がブレイクして、写真を保存できるサービスが大小たくさん登場しました。Apple、Google、Amazonが追随サービスを何度も出すなどするうちに、存在感を失っていきます。

いまはむしろ、スタートアップ企業のピボットの事例として紹介されるほうが多いかもしれません。カナダにあるルディコープという会社がオンラインゲームを開発していました。その運営の中でプレイヤーに写真を投稿させる機能をオンラインゲームにつけました。肝心のオンラインゲームはヒットすることなく消えていきましたが、写真の共有とチャットの機能を独立させたところ「Flickr」として、大ブレイクしました。

余談ですが、「Flickr」開発の中心メンバー(つまりオンラインゲーム開発の中心メンバー)であるスチュアート・バターフィールドは、「Flickr」を買収した「Yahoo!」を辞めた後に、再びゲーム開発に取り組みましたが再度失敗します。残ったメンバーで打開策を考えた末に出したアイデアが、開発者向けのチャットツールでした。「Flickr」を開発していた頃に往年のチャットシステムである「IRC」を、カスタマイズしまくって利用していたことを思い出したのです。これがビジネス向けチャットツールとして世界一になった「Slack」になりました。

2004年:Facebook開始

意外にも一番最初にやりはじめたフロンティアが消えていき、後発企業に負けていくケースはよくあります。

前述の「Google」もロボット型検索エンジンとして最初のサービスではありませんでした。2004年に登場した「Facebook」も当初はSNSとしてのトップランナーではまったくなく、前述の通り「MySpace」他先行者がいました。

「Facebook」の広がり方として特徴的だったのは、大学単位で1つずつ制覇していったところでしょう。

まず、創業者のマーク・ザッカーバーグが通っていたハーバード大学で圧倒的な利用率を獲得します。それを次の大学に利用させてまた圧倒的な利用率を獲得します。これを繰り返すことで着実にユーザーを広げていきました。この手法は学生向けのアプリやサービスを広げていくときの参考になりそうです。

その後世界中のヒトに利用されるようになりましたが、日本語の画面を用意して本格参入したのは2008年です。当時はアメリカ人と連絡をとるのにものすごくベンリではあったものの、日本国内では「mixi」が先行してSNS市場で圧倒的なシェアをとっていました。しかし、その後、見事な逆転劇で数年のうちにシェアはひっくり返ってしまいました。

2005年:YouTube設立

Facebookに一番最初に採用されたエンジニアはスティーブ・チェンは、数週間で「ビデオサイトをつくる」といって辞めてしまい、初期のPaypalにいっしょに勤めていた友人2人と「YouTube」を創業しました。

その後急成長し、2006年にはGoogle社に16億5000万ドルで売却されます。当時イグジットに成功した創業者2人がYouTube動画を通じてM&Aのお知らせを出していたのが思い出されます。

2006年:GoogleMap開始

(原稿準備中)

2006年:Twitter設立

(原稿準備中)

2008年:Evernote開始

(原稿準備中)

まとめ

インターネットの歴史、その50年間に起こった出来事を、今現在に与えている影響力を考えながら、ピックアップしてまとめました。

お役に立てば幸いです。


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