Webデザインの終わり

ストーリー

Webデザインという仕事が終わった。

「終わったのかな?」「オワコンなのかな?」と思っていたが、終了のサインが高らかに掲げられていることを理解するのに丸1日かかった。そのサインは、かの有名なトヨタ自動車の企業サイト、いわゆるコーポレートサイトにひっそりと出ていた。

1年前、自分の講義の中で「ワイヤーフレーム」「画面設計」「ナビゲーションの設計」を教えるときの事例として、トヨタ自動車のコーポレートサイトを取り上げていた。不覚にもスクリーンショットをとっていなかったので、「ARTNOC.COM」というサイトから感謝して画像を拝借する。

言うまでもなく、トヨタ自動車は巨大な組織で、多数の企業群と大量の情報がある。左側の縦に並ぶナビゲーションでごく一般的な企業サイトのメニューを表示し、ファーストビュー(※ページの中で最初に画面に表示される部分)の一番下のあたりに、デザイン、経験、パフォーマンスなど抽象的な概念のカテゴリメニューを並べて情報を分類し、その下には、非常にキャッチ―でわかりやすいカード型の情報メニューが並ぶ体裁だった。

すばらしい仕事だと思った。
ベテランのWebデザイナやWebディレクタがコラボしてブラッシュアップを続けた仕事の痕跡がすけて見える。仕上がってみると、なんてことはなく使えて、選びやすく見やすい、シンプルなデザインとレイアウトだ。だから、講義の中でお手本・見本として取り上げた。

昨日の朝みたところ、そのトヨタ自動車のコーポレートサイトはリニューアルされており、URLも変わったようで「.global」というあまり見かけないドメインになっていた。そして、あのすばらしいメニュー、ナビゲーションデザインはあとかたもなくなり、ごくごく一般的なレスポンシブ・デザイン、いまどきのものすごくよくあるメニューの形に変わっていた。

10年ぐらい前、つまり、スマホが普及する前の現場では、画面のレイアウトやメニューの置き方を試行錯誤し検討している時間がとても長かった。Webサイトだけでなく、スマホよりも劇的に画面が小さかったガラケーのアプリ(ケータイ・アプリ)でもそれは同じだったから、画面の大きさが変わったことが原因ではないはずだ。

スマホ・ファースト、つまり、スマホでみることを前提にしたWebサイトのデザインは、もはや2種類しかないように見える。人間がどんな順序でどんな風に画面を見るのか、どんな風に押してどんな風に流れるとみやすいのかを考えることは、Webページをつくるクリエイターの仕事ではなくなってしまった。

同じ機能は同じ見た目同じ動き方になるべきだ、という考え方は昔からあった。たとえば、Windowsパソコンで動くアプリを開発するときには、Windowsの流儀に従うのが普通だ。終了するボタンは右上にあって「×」というマーク、最小化はその隣の隣にあって「-」ボタン、というように、すべてのアプリで統一されているのが基本だ。これは今のスマホにもきちんと踏襲されていて、iPhoneアプリなら戻るのは左上にある「<」を探せばよく、Androidならいつも左下にある三角のマークを押せばよい、という感じに。

だからWebの「ナビゲーション設計」を考えるときも、大多数のユーザーがどんな動きになれているか、どんなボタンになれ親しんでいるかを考えるのが、Webデザイナの重要な仕事だった。しかし、スマホ・ファーストのいま、すべては三本線のハンバーガー・メニューになり、カード型のバナーやテキストがただひたすらに縦に並ぶ、オリジナリティのないレイアウト・デザインとなった。

色は白ベース。フッタは濃いめの灰色。ソーシャルボタンはコピペ。デザイナの仕事の範囲はますます狭くなり、仕事の質を違いを出すのがどんどん難しくなり、つまりは付加価値が増やせず、それはデザインという仕事の報酬が減って、仕事そのものがなくなっていくことを意味する。

しかし、ふと画面から目を外すと、部屋の中にある大量の本が目に入る。本のデザイン、つまり、ブックデザインあるいは「装丁」という仕事は、ものすごくストイックだ。素人目には、ハードカバーと並製本の違いを必死に考えている編集者やデザイナーがいることはほとんど意識されない。カバーの平面デザインや目次のレイアウトなどに多少の自由度があるものの、かなり決まりきったフォーマットの中で仕事をすることを強いられるのが、ブックデザインである。

メディア・媒体が一定以上成熟すると、決まりきったフォーマットの中で、決まりきった見た目の中で、狭い範囲でのオリジナリティを競うことになる、普遍的な法則なのかもしれない。

もちろん、メリットもある。生産性が上がった。明らかに高くなっている。

つまり、画面のレイアウトやメニューの設計に悩む時間は省略され、ボタンのデザインさえもほとんど決まっていて、つまり、決まりきった部品を決まりきったように並べるだけで、違うのは中身の情報だけ。「React」などに代表されるフレームワークを使った開発で、動くものをすぐ作る「プロトタイピング」がどんどんできるようになったのは、その開発環境の新しさだけでなく、最終的に求められるものがどれも同じようなものでよくなったからだ。

つまり、「UI:User Interface」の部分はみな同じになっていく。「ユニバーサル・デザイン」の行きつく先を他の業界に先んじて実現しているのかもしれない。近年少なくともここ20年、ネットの現場で起きていたことが、他の業界、世の中全体に広がっていくのを、何度も何度も目撃した。同じことがまた起こるのだろう。

だから、「UXデザイナー」という職種が登場した。
Webページ・成果物そのものだけでは、クリエイティビティが発揮できない。報酬をもらえるだけの付加価値を発生させることができないという危機感が、その背後にあった。お客様の生活シーンに入り込み、どんな人がどんな行動をするときに、どんな画面を見せて、何を押させればよいのか、その全体を設計して、ユーザーの生活シーンをまるごと最適化する、という考え方が「UX:User eXperience」をデザインすることの意味だ。

だから、Webデザインは終わった、というのは言い過ぎかもしれない。10年前に「クリエイティブ」と言っていばっていた仕事は終わり、クリエイティビティは別のところで発揮されるように、時代が流れて変化していくだけだ。

(了)

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