認めることができない心の戦いは、体の激痛よりツライ痛み

ストーリー

「イテテテッテテテテ!・・・・イタイ、イタイ・・・・・イタイ!」

部屋の中でひとり、左肩を右手でつかんだままうずくまり、それでもたえられずにひっくり返って体を丸くしたまま、長い時間を過ごす。おそらくストップウォッチで測れば3分ぐらいかもしれないのだが、自分では30分ぐらいに感じる、長い長い時間だ。

そして、原因がわからない。

この肩の痛みは、ある日突然始まった。何かツボのようなタイミングや角度があり、一定以上に左手を動かすと、突然襲ってくる。どこをどれぐらい伸ばしたり曲げたりしたら痛むのか、なかなかつかめないし、日によって変わる。普段のデスクワークではまったく平気なので、忘れてしまうのだ。すっかり忘れた頃に「ぐぉぁぁぁ・・・」と人目をはばからずにうめいてしまうほどの衝撃が走るので、いちいちショックが大きい。

肩は、一番念入りに鍛えている部分だった。フィットネスジムのフリーウェイトコーナーへ週に1回通っている。10年ぐらいたつうちにだんだんと種目が増え、肩だけで7種もの動きをやって、鍛えている。もともとの動機は肩こり対策だった。筋トレは肩こりにおそろしく効く。定期的に筋トレをやっていると、肩がこったという感覚をすっかり忘れてしまうほど効果的だった。ネットの仕事をしていると職場の仲間もたいてい肩こりに悩まされているので、いつも自信満々に筋トレを勧めてしまうのだった。

だから、肩の痛みで苦しんでいることを、だれかに言うのは抵抗があった。恥ずかしさで愚痴を言えないという苦しみが痛みに重なって、気持ちは暗くなる。でも、普段の生活に実はあまり支障がなく、しばらくの間ほっておいた。しかし、この手の痛みは周期的に強くなったり弱くなったりするらしく、1ヶ月ほどが過ぎるとまた痛みに耐えかねるようになった。

凄腕(スゴウデ)のマッサージ・整体師さんを3人知っている。長年ギックリ腰と付き合ってきたため、痛んだらすぐに駆け込んで助けてもらうのだ。一番近所にある整体師さんのところへ行くと、さすが凄腕、一発で治してくれた。本当に久しぶりに、痛みなく肩が自由に動かせるようになってうれしかった。ところが翌朝起きてみると、また「イテテテテ……」とうずくまってしまった。肩の痛みはすっかり元通り。

マッサージ→回復→元通り、というサイクルを3回繰り返したところで、マッサージで治してもらうのをあきらめた。これはギックリ腰とは違うらしい。やっかいなことになってしまった。

次に思いついたのは、シップを貼ることだった。ドラッグストアに行ってみると、あらゆる貼り薬、塗り薬、飲み薬がいっぱい並んでいた。いかにも効きそうな一番単価が高そうなものを選んだ。帰って貼ってみると効果はテキメン。テクノロジーの進化は本当にすごい。一晩貼り付けておくと、ウソみたいに痛みがひいた。ただし、その10cm四方ぐらいの、シップを貼り付けた部分の痛みだけがなくなる。

つまり、また別のイタチごっこが始まったのだ。肩の上側に貼り付けると下側が痛みだし、下側に貼り付けると今度は上側が痛みだす。両方に貼り付けると、ぜんぜん違う場所の二の腕のスジが痛みだす。シップの説明書には、同時に3枚以上貼ってはいけないと書かれており、すべてに最初から貼り付けるわけにもいかない。貼り付ける位置をあちこち変えながら1ヶ月ほど過ごしたが、イタチごっこが終了する気配はなかった。

ついに、医者に行こうという決断をした。整形外科の医者はギックリ腰に対して無力だった。相当な重症で手術が必要な場合以外は、痛み止めを出す以外に何もできないことを医者自身から何度も説明されていた。だから、「体の痛みで医者に行く」という発想自体が自分の中からなくなっていたのだ。しかし、物理的な肉体の痛みの原因は西洋医学の医者に診てもらうのが早道であることは間違いなかった。

整形外科にまったく行っていなかったのであらためてネットで検索してみると、ちょうど歩いて5分のところに整形外科がオープンしたばかりだった。軽い気持ちで行ってみると、受付にはオープン祝いの白いランの花が並んでいた。眺めているとちょっと様子がおかしい。掲示されているのは知っている名前ばかりなのだ。松岡修造、錦織圭、伊達公子、吉永小百合……テレビをあまりみないぼくでも知っている有名人ばかりだった。「まじか……」どうやら凄腕のドクターのところに来てしまったらしい。

その診察と対処は、受付で抱いた期待どおりだった。普通の整形外科医のようにレントゲン写真を撮ったりはしなかった。まず動かしながらどこがどのように動かないか、痛むか、というのを慎重に触診しながら見ていた。それから、キシロカインという注射を一発打たれた。いろいろと説明しながら何をしているかわかりやすく教えてくれる。肩には水袋のようなモノがありこれが縮んているために痛んでいるらしかった。注射でその水袋ふくらませることで、ウソみたいに痛みがなくなった。

「これ、いつまでもつんですか!?」
「うーん、わかんない、1日ぐらいかな。」

そのあと、パソコンのスライド資料で肩の構造や今回の痛みかたを、詳しく説明してくれた。おそらくは学会発表のために作成した資料をそのまま使って、患者のぼくにも説明してくれる。

「ところで、何かスポーツやってないの?」

おそらくは「今日午後から試合です」みたいな無茶な依頼にもこたえられる凄腕の先生を前に、何もやってません、と答えるのがつらかった。

そして最後に、少し変わったスライドを見せてくれた。江戸時代の医者が書いた本の話しだった。

「・・・人、五十歳ばかりの時、手腕、骨節痛むことあり、程すぐれば薬せずして癒ゆるものなり、・・・」
「そんなに昔からわかっているなんて、すごいですね。」

よくわからない感想を述べたのは、そのときまだ状況がのみこめていなかったからだ。

おそらく一定の年齢を超えている方は、冒頭の痛み方を読んだだけで、病名がわかったことだろう。ぼくもその病名は知っていた。取引先の社長が1年以上苦しんでいるのも知っていた。でもぼくは、自分がその病気にかかったことを、その病名をパソコンのスライドで見せられても、認識できなかった。

うちに帰ってきてからようやく、
「あれ……五十肩……(どういうことだろう)」
実年齢はまだ50歳に到達していないのだ。ぼくがそんな病気にかかるわけがない。その忌まわしい年齢が入った病名を、どうしてもどうしても認めることができなかったのだ。

「あ……、オレって五十肩なんだ」
認めることさえできないことに気がついたのは、さらに3日が過ぎたあとだった。

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